腹黒元副盟主のわななき

フリンテッサ鯖「xxxMZRxxx」血盟所属の腹黒い事務員カタリナのリネとは無関係の駄文集

【脳に仕掛ける時限爆弾(前編)】

民俗学という若い学問の名前をご存知の人は多いと思う。

近代化が進み、忘れ去られてゆく伝統や風習への憧憬や、懐古主義的な人間たちがかつての自国の在り方を求めることによりナショナリズムが高まったために発生した、いわば近代化の副産物だ。

歴史学や考古学とは違い、現代に脈々と語り継がれている事象を扱うこの民俗学(というほど深くまで掘り下げていないけど)が私は大好物だ

私のみならず日本人というのは民俗学が大好きな人種といっても過言ではない。日本人の中には私のような懐古主義者は多いし、神話・妖怪の類は今なお姿を変えて民間に伝承している。みんな大好き猫娘(5期or 6期)、いや、ゲゲゲの鬼太郎だって元ネタは民俗学だ。

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(図1 猫娘の変遷。6期の可愛さは異常)

 

「神様仏様…」というフレーズ。これだって突き詰めると立派な民俗学だ。

ほんの少しだけ掘り下げると、例えば民間療法や土着宗教というのはその土地に根差したものだから、土地の歴史や民話・伝承・口承、時代時代の出来事と強くつながっているものだ。

ひと言に神道祝詞といっても、最初は同じであったはずなのに、関東と関西では同じ大祓祝詞も文言が変わってくる。

仏教なんか時代に合わせて求められる宗派が変遷するものだから、部派仏教から大乗仏教系、密教へと変遷していきもはやシッダールタの教えはどこが帰着点なのかわからない。そもそもシッダールタは「わたしの教えなど後世には歪められてしまうので書き残さなくてよい」といったのにもかかわらず、仏陀の言葉をすべて覚えていた弟子のアナンダ(呪われた顔面を持つ男)が後に書き記してしまった結果が今の仏教の原典だ。

そしてやはり仏陀の教えはだんだんとその形を変えてしまっている。この辺も時代で国民が求めるものが変化していったために起こったもので、その根底にあるものを研究、追及していくと学問としては民俗学に帰着する。よく歴史学と混同されがちだけど、歴史学というのは「資料・史料を基に5W1Hで歴史を紐解く(立証する)学問」であって、民衆民間の伝承や伝奇・怪奇の部類は「史実を立証する学問」という歴史学の立場からすると本来排除されるべきものだ。

歴史学は過去を取り扱うものだけど、民俗学は過去から現代に伝承しているものを扱う。取り扱う時間軸からして、全くの別物だ。

しかしながら多くの古い文献は消失、あるいは意図的に隠滅されているため、歴史を紐解く鍵となる一つのファクターとして民俗学を取り入れているのが現状だ。

その場合、歴史学においては細分化され「都市・村落史」「民衆史」「風俗史」などと史学の一環として取り扱われる。膨大な資料を研究し過去を解き明かす歴史学と、資料が残らないような伝承の類で現代に残るものを、フィールドワークを基に解きほぐしていく民俗学。似たようで非なるものだ。

なお、この話題に文化人類学社会学などの話題をぶち込むと某巨大掲示板での議論のもとになりかねないので、ここ「わななき」でいう民俗学はあくまでカタリナの個人的見解として「古来より現代にいたる民間伝承・口承の類とそれに付随する土着宗教・信仰に関する学問」と規定する。異論は認める。では本題に移ろう。

 

 ***

 

人生初の大失恋を経験する少し前、中学3年生のゴールデンウィーク。私が住んでいた新興住宅街のコミュニティセンターと呼ばれる開けた公園で、自治会主催のフリーマーケットが催されたことがあった。

なぜそんなところに足を運んだのか覚えていないけど、星野君に会えるかもしれないという薄っぺらな期待を抱いて何ともなしに足を運んだのだと思う。

フリマといっても、幕張メッセドキドキフリーマーケット毎年53日~5日開催。みんな幕張GOのように大それたものではなく、家庭で不要になったものを募って…というバザーのようなものだったけれど、うちのキチガイオヤジが見たところ、街の骨董屋に並んでいそうな伊万里焼のお皿があったり、目玉が飛び出るような値段のバカラグラスを出品する猛者が居たりと、売る気があるのかわからない出品者もいてなかなかに盛況なご様子。

うちの弟は当時プレイステーションセガサターンが主流なのにファミコンソフトを買ってきて散々わたしにバカにされて涙目になっていた。

同級生も何人か歩いているのを見かけたけど私の目は星野君しか探していなかった。

会場を一周、二周とキョロキョロしながら歩き、星野君の不在を確認したので帰ろうとしたとき、たまたま同級生の谷津君がお父さんと出店しているのを見つけた。商品はすべて本。

どうやら彼のお父さんは本の虫だったのか100冊ほどの本を売っていたのだけれど、どれも新品同様にきれいな保存状態。学術書のようなハードカバーの、おおよそ一般人が買わなそうなものから、官能小説と思われる俗なタイトルの本までジャンルがカオス。文庫本だけで50冊くらいあったと思う。

さすがに専門書は覚えていないけど、文庫本の中には「大沢在昌」「眉村卓」「菊池秀幸」「夢枕獏」「宮部みゆき」「西村京太郎」「椎名誠」「赤川次郎」「我孫子武丸」などなど。そういえば「マインドスクリーン(結城 惺)」が何故か置いてあった。私が腐るきっかけとなった本だ。
katharinars3.hatenablog.com

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 谷津君のお父さんは腐男子だったのだろうか。…まさか、ね。
comic.pixiv.net

さて、基本的にその頃は恋していても腐り堕ちた状態のわたし。本格ミステリーやハードボイルドなものなどは読んでいなかったのだけれど、せっかく同級生の出しているお店なので何冊か選んで購入してあげることに決めた。「北の狩人(大沢在昌)」「不定エスパー(眉村卓)」魔界創世記(菊池秀行)」「魔獣狩り-淫楽編-夢枕獏)」「我らが隣人の犯罪(宮部みゆき)」など。

不定エスパーは私の大好きな小林智美様がイラストを描いていたので即決まり。小林智美様といえば耽美で官能的な絵でまれに腐った絵を描くのだけれど、この本はいたって普通のSF小説だった。残念。

宮部みゆきはデビュー作を読んでみたかったため衝動買い。デビュー作だけあって読みやすい文章だけど、後のヒットを匂わせる才能の片鱗は見えた。

北の狩人は谷津パパのおススメ。ハードボイルドだけどなかなかに腐れる内容。

そして魔界創世記(菊池秀行らしいエロスたっぷりの伝奇もの。ページ数稼ぐためにエロを入れているとしか思えない)と魔獣狩りは完全にジャケ買い。リナの中二病が原因だった。

この時の中二病のせいで買った魔獣狩りシリーズが、のちの呪い少女リナが生まれるきっかけを作ることとなる。

この魔獣狩り-淫楽編-、話の筋は「空海即身仏をめぐっての真言宗高野山の破戒僧美空・他人の精神に潜ることのできるサイコダイバー九門鳳介・中国拳法の達人で復讐鬼の文成仙吉らと密教系秘密結社ぱんしがるの闘いを描いたSF伝奇シリーズ」で、夢枕獏の「エロは本気で書く」主義が徹底的に盛り込まれた中学生の女の子にはちょっと刺激的な本なのだけど、リナにとってはそこまで壊滅的なエロスでもなかった。どちらかといえば目を引いたのはそのオカルト要素真言密教ヒンドゥー教については参考文献を見ればわかるけど恐ろしい量の資料をもって描かれていて、ちょうど当時某過激派宗教団体の事件が世を騒がせており、まさにタイムリーな題材だった為か、話の内容も頭に入ってきやすかった。

二度、三度と読み耽るうちにわたしはどんどんオカルト方向に引き込まれていく。学校の勉強は全く好きではなかったけれど、気の狂った父親の遺伝子が組み込まれたせいか、興味を持った分野にはパンパース肌想いのような途方もない吸収力を誇るリナ。オカルティックな知識をもりもりつけていく。

中学3年生で「真言立川流」「理趣経」「胎蔵界」などをスラスラと説明できたのは多分リナくらいではなかろうか。(上記を知りたいキチガイはコメントにでもその旨を書いていただけばそのうち書くかもしれない。)

オカルト世界に迷い込んだ私はその後も夢枕獏作品はもとより、様々な役に立たない本を読むようになる。先にも述べた通り、受験勉強と無縁の生活を送る間、ゲーム・イラスト・オカルトの3本柱を主軸に生きていた。失恋して病んでからは、より一層気持ち悪い女の子だったのだ。ほんとアタマおかしい。高校入学後は真言密教の他にも、安倍晴明で有名な陰陽道に始まり、その源流を知りたくて修験道仙道呪禁道など、日本古来のオカルティズムをどんどん吸収していくリナ。ちなみに私がよく血盟チャット内で唱えている「オンキリキリバサラウンハッタ」というのは陰陽道というよりは修験道により近い真言で、出典は実は「サクラ大戦」。語呂がいいから唱えているだけで、正確な真言ではないので悪しからず。なお、「オン~ウンハッタ」というのは護法の真言なので呪っているわけでも、ましてや人に危害はない。

 

陰陽道とはあくまで道教のカテゴリのひとつで、宗教体系や思想を表す単語ではない。「物事の吉凶を占い、政治にアドバイスする」のを目的として官職まで与えられた、というだけで、退魔士としての側面はみんな大好き安倍晴明が呪術的要素や祈祷を陰陽寮に取り入れたことに端を発している。「陰陽師が凶事の原因を占い、密教僧が加持祈祷・調伏を行う」というのが古来の在り方だったのだけれど、個人的には安倍晴明のヒーロー的扱いや、呪術的側面が全面に出ている現代の風潮は嫌いじゃない。萌えるし

修験道は、そもそもは役小角役行者とも)というこれまた有名人が開いたといわれているのだけど、もともと古来よりあった山岳信仰に日本神道と仏教が習合するという、日本民族らしい「いいとこどり」の宗教だ。山岳宗教における「山川草木に人が同化する」、神道における八百万の神、仏教(特に真言宗天台宗のような密教)における仏法を扱い、独自の神様(蔵王権現愛宕権現など)を作ってしまうバーリトゥード宗教、それが修験道。日本人らしさがプンプン匂う。前鬼・後鬼、天狗などの創作のモデルにもなりやすいオカルト要素も修験道発信。香ばしさはMaxだ。

そもそも陰陽道修験道から派生したといわれている。大元の修験道が何でもありの宗教なのだから、その後の陰陽道中二病全開になるのも無理はないと思う。

しかしながら、宇治拾遺物語今昔物語集を読んでいると頻繁に陰陽師密教法師が出てきて悪霊・怨霊その他をイリュージョンしまくるのだけど、平安の昔から中二病的な要素は愛されているようだ。1000年近く経っても日本人の心は変わらないということか。オタク的な意味で

さて、呪禁については少年ガンガンで連載していた「夢幻街(水沢優介)」という当時の腐女子御用達の漫画で知った。どちらも道教系の系譜に一応なっている。この漫画は仙道の中でも「狗法」という、人が天狗になる方法を修めた主人公を取り扱った変わり種で、ガチ修験道のような真言系山岳宗教とはカテゴリに違いがあるけれど、作中には蟲毒(こどく)、苦蛇(くだ)、即身仏、符術師、呪禁師(じゅごんし)、道士、反魂香(はんごんこう)、修験者、はては餓鬼、蛟(みずち)、飯綱(いずな)、獏(ばく)、猩々(しょうじょう)など妖怪の類まで、なかなかにオカルティックではあるので気になった方は調べたら(読んでみたら)いい。ブックオフにて100円で買える。どう考えても南国少年パプワ君ハーメルンのバイオリン弾き魔法陣グルグル突撃!パッパラ隊などのギャグマンガが大半を占める少年ガンガンの中では異彩を放っていたけれど、新興の雑誌だったからかこういう漫画もたやすく載せちゃうところが当時のガンガンは好きだったなぁ。・・・話がそれた。

***

そんなオカルティックな書物をこっそり読み耽る私は、大学入学後には京極夏彦夜行シリーズに出会ってしまう。無駄に重厚な文章、考えつくされたカラクリ。ミステリーと妖怪を退魔する拝み屋(陰陽師)というトリッキーな組み合わせ。「この世には不思議なことなど何一つないのだよ関口君」という妖怪を題材にしているとは思えない京極堂のリアリストぶり。何故か見え隠れする量子力学。京極の処女作姑獲鳥の夏の文庫版を手に取って読み始めて、あれよあれよという間に刊行済の作品を読み進め、ここまで蓄積された無駄知識が小説の内容にシンクロしてしまい、気が付いたらどっぷり京極作品にはまっていた。

特に作中で頻繁に出てくる「思想」「宗教」のテーマ。こと仏教と神道、その思想についての造詣は深く、高校生の頃はただ面白がって読んでいた宗教をテーマにした書物も、宗教と思想をリンクさせて読み進めていくと冒頭で書いた人の思想と仏教の様式の変遷が見えてきて、今度は文化人類学宗教哲学にまで手を出すようになる。京極夏彦との出会いは後の呪い少女リナの完成に大きく関わっていくこととなる…。あ、5000字超えてしまったので、待て次回。(続く)