腹黒元副盟主のわななき

フリンテッサ鯖「xxxMZRxxx」血盟所属の腹黒い事務員カタリナのリネとは無関係の駄文集

【白と小豆色のにくいアイツ】80年代生まれの思い出シリーズ①

先日xxxMZRxxx血盟内部で行われた第1回チキチキわななきアンケート」の結果、見事「今後読みたいわななき」部門1位を取ったうちの父(キチガイ

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幾度となく「わななき」に登場して、そのたびに私の心に引っかき傷を付けていく彼は、どうやら「わななき」という閉鎖空間では大人気のようです。ガッデム!

登場回数もさることながら、彼の言動によって苦しめられる私の姿を読者様がほくそ笑んでいるだけなのかもしれませんが、それが人気の一因となっているのは否定できません。

ネタという意味では確かに彼を登場させるのはやぶさかではありませんが、書く度にこの数十年間で彼が私にしでかしてきた仕打ちの数々が思い出され、ちょっとしたトラウマ探訪になってしまうのが玉に瑕。

ここはゲームの話と絡めて、ディープなトラウマを思い出さないようにしながら書くのが私の心の平安に必要と判断いたしまして、以下を書かせていただきます。それではどうぞ。

 

***

 

それは何の予告もなく我が家にやって来た。

1988年のある日。私が学校から帰宅すると、居間のこたつの上に燦然と輝く、白と小豆色で構成された筐体が置いてあった。見まごう事なきファミリーコンピュータが我が家の居間に鎮座しておられた。

ついに我が家にもファミコンが来た!幼い私の胸の高鳴りは、初めて薄い本を読んだ時のそれよりも大きかったかもしれない。

katharinars3.hatenablog.com

 ***

少しさかのぼって、1987年の春の事だ。

当時私は5歳。自我にも目覚め、じゃじゃ丸ピッコロポロリでおなじみの「にこにこぷん」にも飽きてきて、補助輪付きとはいえ自転車にも乗れるようになり、幼稚園から帰ってくると祖父の買ってくれた「キャンディキャンディ」の絵柄のキッズ自転車 に跨り家の近所を爆走するのが日課となっていた。

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(図1 キッズ自転車)

それまでは、お向かいに住んでいるともみちゃんという一つ年上の女の子と遊ぶのが専らだったのだけれど、その年からともみちゃんは小学校に通っているため幼稚園生とは帰宅時間に差があったのも原因し、自転車に乗るようになってからは一人で近所を冒険するようになっていた。祖母曰く、片手でハーモニカを演奏しながら自転車で爆走する少々頭のおかしい娘だったらしい。

 

それまで家の近所(といっても、たかが半径100mほどの範囲)の景色しか知らなかった私がどういう心境に至ったのかは覚えていないけど、ある日家から200mほど離れたところまで大冒険したことがあった。

そこは30m四方ほどの空き地になっていて、東側の隅っこに高々と盛り土がされていた。多分高さ4m~5mくらい盛られていたと思う。そこはおそらく近隣の道路舗装工事現場の残土を置きっぱなしにされた場所なのだけれど、杜撰な業者だったのか特に立ち入り禁止措置が取られているわけでもなく、近所の子供たちが自由に遊べるようになってしまっていた。

危機回避能力のない幼児から見たら「大きい砂場」を発見したような興奮があり、私はすぐにその土山の頂に駆け登った。5mの高さから見る景色は5歳児には新鮮で、普段見上げている2階建ての家屋のバルコニーに目線があることにものすごい高揚感を覚えた。

ひとしきり高所からの風景を堪能し、ふと足元を見ると二人の男の子がこちらを見ていることに気が付いた。見たことない顔だ。どうやらこの辺りに住んでいる子供らしい。

「君はだあれ?」

ともっともな問いかけに

『わたし、りな!』

と警戒心皆無に名乗る私。

二人はそれぞれサトル、マサトと名乗った。この盛り土がある空き地の裏手にある家に住んでいるらしい。幼稚園が違ったので家から200mほどの近所にこんな子供がいることすら知らなかった。

「ねぇねぇりなちゃんはファミコンできる?」

はみこん?ってなに?』

そう、そのころ私はファミコンどころか、この世にゲーム機なんてものがあることすら知らなかった。

通っていた幼稚園は市内でも有名な私立幼稚園で、園児の大半はお坊ちゃまお嬢ちゃま。なんで下流家庭の我が家の子供たちがそんなところに通っていたのか未だに疑問なのだけれど、お上品な連中とはあまり馬が合わなくて友達が少なかった私。彼らの口からファミコンなんて言葉を聞いたこともなかったし、うちの両親もゲーム機なんて買い与える気はさらさらなかったらしい。

 

「え、ファミコン知らないの?じゃあ、うち来る?カセットいっぱいあるよ!」

『かせっと??わかんないけどたのしいならいく』

アホ丸出しでホイホイと鼻たれ小僧たちのナンパについていく私。もう少し警戒心なかったのだろうか。

その日はサトル君のお宅にお邪魔して、2階にある子供部屋で初めてファミコンというものを触った。ソフトはスーパーマリオブラザーズ」「影の伝説」「アトランチスの謎とかだったと思う。

もうね、狂ったように同じ場所で死にまくったし、死ねば悲鳴は上げるし、ジャンプすれば一緒に自分のカラダも動くしで、わたしは完全にファミコンのもたらす興奮の坩堝にはまっていた。

17時になり帰宅したあとも頭の中はファミコンのことでいっぱい。どうしてうちにはファミコンがないのか、なぜ買ってくれないのかと仕事から帰宅した両親に問いただした。

この頃の記憶なんてかなりあいまいになっているけど、それまで私は両親にわがままを言ったことがなかったらしい。「あれほしー、これほしー」なんてただの一度も言ったことがなかったというのだ。

おそらく初孫がうれしくて甘やかしまくっていた祖父がこっそり何かを買い与えていたため、わがままを言う必要がなかったのだと思う。

祖父は左官職人で、このころの左官職人は平均してひと月50~100万くらい稼いでいたらしいので祖父だけはお金に困っていなかった様子。そんな、両親には全くおねだりしなかったリナが初めて両親におねだりしたのがファミコンだった。

ところが、うちの両親はご存知の通りキチガイ、やんわりいうと少々頭のおかしい人たちなので、定価12000円もするおもちゃを娘に買い与えることは情操教育によくないとのことでキテレツ大却下

テレビを見ることだって目に悪いのに、それ以上に画面を見続けるゲーム機なぞもってのほか。TVゲームなんてしていたらアホになる、と祖父母にも「ファミコンだけは買い与えるな」と厳命し、幼いリナは絶望に沈む。初めてのわがままが通らず、その夜は枕を涙で濡らしつつ、ファミコンを買ってくれない両親を呪ったのを覚えている。

 

翌日から私は毎日サトル君、マサト君と遊ぶようになる。

彼らはひとつ年下で、通っていた幼稚園も違うけど、ファミコンをやるためだけに毎日彼らの家のインターホンを鳴らすのが日課となっていた。毎日毎日、ソフトをとっかえひっかえしながら、同じ場所で死に、同じ場所であきらめ、違うソフトに移行し、それもまた同じ場所で死に…を繰り返し、結局クリアしたゲームなんてひとつもなかったけど、二つしかないコントローラーを3人で回しっこしながら遊んだ。本当に楽しかった。

あとで知ったのだけれど、当時ファミコンで遊んでいる女の子はとても稀少だったらしく、小学校に入学後、クラスでファミコンで遊んでいたのは私のほかは二人だけだった。アクションゲームがラインナップの大半を占める当時のファミコンは、女の子が参入するには少し敷居が高かったのかもしれない。

それでも私は狂ったようにファミコンで遊び、すっかりゲーマーの素養を身に着けてしまっていた。

ファミコンの呪いにかかった私が、その年のクリスマスサンタクロースに向けて初めて書いたお手紙はふぁみこんがほしいです

サンタ、いやさ両親も「ここまで欲しがっているなら、いっちょ買ってやるか」とか思ってくれればいいのだけれど、クリスマス当日の朝、私の枕元に置いてあったのは「マンガでわかる星座と宇宙の本(対象年齢小学4年生)」

もうね、あまりの仕打ちにサンタまで呪った。会ったことのないサンタでさえ両親に厳命されているのか、と。どうせほしいものをくれないのならば、プレゼントなんて配るな、と。結局その星座の本は小学校に入学前に意味も分からず読破したけど、6歳児にこれを読ませようとするうちの両親の考えは未だにわからない。狂っていやがる。彼らは私を何者にプロデュースしたかったんだろう

両親にもサンタにも裏切られて、ますますファミコンキチガイになった私は、小学校に入学後もクラスの男子たちの家に足しげく通い、日々ゲーム三昧の生活を送った。チャレンジャー、パックマンエレベーターアクションゼビウスがんばれゴエモン沙羅曼蛇グラディウス、大魔司教ガリウス、迷宮組曲聖闘士星矢仮面ライダー倶楽部、ロックマンなどなど遊んだソフトは枚挙にいとまがない。ほとんど男の子趣味のゲームばかりだけど。今思えば、このころから既に性別が迷子になっていたのかもしれない…と思わせるくらい、男の子の家で毎日遊んでいたリナ。

両親も、男の子の家にしか遊びいかない我が娘を心配していたからね。男の子とばかり遊ぶくらいなら、まだ自宅で遊んでいるほうがいいかもしれない、と思ったのかもしれない。

そして、話は冒頭に戻る。

 

***

1988年の春。私が学校から帰宅すると、居間のこたつの上に燦然と輝く、白と小豆色で構成された筐体が置いてあった。見まごう事なきファミリーコンピュータが我が家の居間に鎮座しておられた。ついに我が家にもファミコンが来た!幼い私の胸の高鳴りは、初めて薄い本を読んだ時のそれよりも大きかったかもしれない。

 

綺羅星のごとく我が家に降臨したファミコン

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(図2 白と小豆色のにくいアイツ)

どうやら父方の叔母の家で買ったものを父がもらい受けてきたらしい。というのも、叔母の旦那様は新しい物好きで新商品にはすぐに手を出す困った性分の人なのだが、同時に熱しやすく冷めやすい特性を備えていた。

会社の同僚がファミコンにはまっているのを知るや否や、叔母に相談もなくファミコン本体と数本のカセットを購入してきて遊んでみたはいいものの、数週間で飽きてしまい、娘二人も興味がないと宣ったらしく、ほぼ新品のファミコンはすぐにTVから取り外され押入れにしまわれるという不遇の扱いをされたというのだ。

挙句の果てに、掃除の際邪魔だから捨てるなり人にくれてやるなりどうにかしろ、と叔母の怒りを買い、ファミコンを切望していた姪の家にやってくることとなった。

子供のわたしからすれば、掃除の邪魔とか数週間で飽きるとか、どちらにしてもファミコンを手放すなんてアタマおかしいと思っていたのだけれど、そういう経緯で、兎にも角にも我が家にやって来たファミコン

さっそく父に接続してもらい、叔母が本体と一緒に持ってきた数本のソフトを遊んでみることにした。

トランスフォーマー-コンボイの謎-

たけしの挑戦状

スターフォース

「元祖西遊記スーパーモンキー大冒険

・・・・・・はぁ? 

   

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(図3)叔母から与えられたソフトたち

もうね、これらのタイトルを見てピンと来た人がたくさんいると思うけど、スターフォース以外はクソゲー界に綺羅星の如く燦然とその名を轟かせる迷作たちだからね。こんなソフトしか持ってなかったら叔父もクリア不可で飽きるのは頷ける。

コンボイの謎なんて、始まって2秒で死ぬからね。

しかもマリオのように「最初のクリボーにやられて死ぬ」という目に見える死に方じゃなく、よく目を凝らさないと見えない流れ弾に当たって爆死する(白い弾丸が白い背景の山脈に同化してあたかも自然に爆発したように見える)、という何とも不親切な、全国のプレイヤーを恐怖のズンドコに陥れるやり方。ゲームクリアどころか、ファミコン慣れしていないとステージ1のクリアすら危うい。実際叔父は1面すらクリアできずにそっとソフトを箱にしまったという。

たけしの挑戦状は言わずもがな、くそゲーの元祖、くそゲー界のキングオブキングスだけれど、このゲームを叔父はずっとプレイしたらしい。たしかに、トランスフォーマーほどの理不尽さはない。一応ボタンを連打すればある程度は敵を倒すこともできるし、各所にちりばめられた隠し要素でプレイするたびに新たな発見があるので、暇つぶしにはもってこいだったはずだ。

社長を殴ったり、オカンにホウキで撲殺されたり、スナックで歌ったり、パチンコで「でねーぞー」と叫ぶと怖いお兄さんが大挙して押し寄せて殴殺されたり、道行く警察官に素手で殴りかかって返り討ちになったり…もうコントの世界をファミコンの世界で体現したような作品で、叔父さん世代には大うけだったに違いない。

残念なことに、肝心のクリアまでの道のりに隠し要素が必要だったため、ゲームクリアなんて夢のまた夢だったのだけれど。

 

ちなみにこの中から私が最初にプレイしたのはスーパーモンキー大冒険だった。

このゲーム、始まりからしてクリアさせる気があるのか謎。パソコンのブルーバックのような画面に表示される

「ながいたびが はじまる..」

だからね。 

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(図4 ながいたびがはじまる)

実際プレイしてみると、どこからどう見ても容量不足になる要因はないのに何故かプレイステーションのロード時間を匂わせるロード画面があるからね。

で、ゲーム開始時降り立つのは中国の話のはずなのに何故か孤島。多分台湾なんだろうけど、街もなければ人も居ない。エンカウントもしないので完全な無人。アホほど時間をかけて孤島を一周しても何も起こらない。

ただただ時間とともに水と食料のゲージがモリモリ減っていく(おそらく生命線とおもわれる)のを眺めるだけ。

こんなの何の説明もなしに子供にやらせたら5分と持たずに本体ごとカセットを2階から投げ捨てられてもおかしくないレベルの出来。

ちなみに、初日私がプレイしたときは何とか大陸までのワープ地点を発見し、豚と河童を仲間にするところまではいったのだけれど、水と食料が切れて死んじゃった

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(図5 ああ、しんじゃった!)

そもそも当時のファミコンカセットにはバックアップメモリなんてものは搭載されていなかったので、リセットしたら最初からやり直し。

途中で立ち寄った都で意味も分からず表示される「ABABAB」等のパスワードと思われるコマンドをタイトル画面で入力しないとコンティニューできないマゾ仕様だったために、2週間くらい頑張ったけど力尽きてクリアは断念。

クリアしたのは時が流れて高校生の時だったからね。T君の部屋でクソゲー品評会したときに。ところが、このゲームで唯一といっていいくらい認められるのがフィールドでながれる中華風のBGM。この曲だけはずっと聴いていても飽きない。途中からBGM聴くためだけにゲームしてたからね。アタマおかしい。大人になった今でも聴けるくらいだから、なんならいっそ現代風にアレンジしてニコニコに上げてもいいくらいだ(フラグ)。

と、叔母から譲り受けたソフトたちはまぁクソゲーマゾゲーのオンパレードで、2歳の弟なんてつまらなくて泣いちゃってた。

流石に、うちの気狂いした父上も、自分の妹(叔母)によってもたらされたものが、まったく娘のお気に召さないものだったと気付いたのか、ほどなくして我が家にも新しいソフトがもたらされた

新しいといっても買ってきたのではなく、会社の同僚から半ば強引に奪ってきたものらしいのだけれど。

時空勇伝デビアス…。

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(図6 父親が強奪してきたソフト)

これも知る人ぞ知るクソゲーだ。一応ジャンルとしては横スクロール型のアクションロールプレイング。リンクの冒険に近いものだと思っていただければイメージしやすいかと思う。これがまた、中古ソフトとしては破格の不親切パレード

このゲーム、動くものは全て当たり判定があるのだけれど、主人公が最初に召喚される城下町を歩く町人ですら叩きことができる

で、町人を叩き斬った状態で王様の所へ行くと城を追い出されて詰む

事実上のゲームオーバー。初見殺しもいいところだ。

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(図7とっとと、たちされ!)

私も何回か町人をして詰んでリセットを数回繰り返してからこのシステムに気が付いた。気が付いたころにはすっかりやる気をなくして、同じくT君の部屋で品評会に出品されるまで押入れに眠ることになる。

そういう訳で、まともなソフトを手に入れること敵わず、結局私はサトル君や同級生たちからカセットを借りたりしながらファミコンライフを送る。

***

ところが、11月のわたしの誕生日、ついに気の狂ったわが父上も娘に新品のソフトを買ってくる。

スーパーマリオブラザーズ3…。言わずと知れたマリオシリーズの最新作(1988年10月23日発売)で、発売からわずか2週間しかたっていない正真正銘の新品だ。

もうね、この時ばかりは狂喜乱舞してた。狂ったようにプレイしたね。で、さらに僥倖だったのは父上もマリオ3に、いやさファミコンにドはまりしたことだった。

マリオ3なんか私が行き詰った箇所もうちのオヤジがクリアしてたりしていたからね。休日なんて父と娘が一日中TVの前にかじりついてマリオ3をプレイしていて母君なんてちょっと寂しそうにしていたくらいだ。

私が遊んでいなくたって、時間があれば父上は一人でもマリオ3で遊んでいた。自分なりの攻略法をまとめ、娘に伝授。ついにマリオ3をクリアした時も、父上と二人で力を合わせてのクリアだったから、この時は親子の絆を感じたね。この時だけは。

そんなファミコンにハマったうちの父上はその後も自分のためだけにソフトを買ってくるようになった。「4人打ち麻雀」「井出洋介名人の実戦麻雀など麻雀ゲームばかり。井出洋介のやつに至っては専用コントローラー付きの本格派。ひどいときなんか娘をファミコンに一切触れさせずに一日中麻雀ゲームしてたからこの人はやっぱりキチガイだと思う。そういえば我が家で初めてエンディング画面を見たのは井出洋介のやつだし。しかも年端もいかない我が娘に、プレイしながら解説を入れて麻雀の知識を詰め込もうとする父の姿は傍から見たら完全にアタマおかしい。それに文句ひとつ言わずに麻雀し始める私も大概狂っていると思う。

いつか書いたことがあると思うけど、私も父親も一度ハマってしまったら腰までドップリとハマり続ける性分。

katharinars3.hatenablog.com

 

この後も親子二人してゲームの世界にズブズブにハマってしまい、私は未だにゲーム好きの袋小路から抜け出せずにいるし、父親はというと最近はリアル農園ゲーム(家庭菜園)にどっぷりハマっている。

更なるゲームのお話は次回に持ち越すこととするけど、これだけは言いたい。

 

うちのオヤジはってる。これは間違いない